【ドメーヌ メオ・カミュゼ】ヴォーヌ・ロマネ プルミエ・クリュ クロパラントゥ2022
- 通常価格
- ¥338,250 (税抜¥307,500)
| 商品番号 | 11395 |
|---|---|
| タイプ | 赤 |
| 品種 | ピノ・ノワール |
| 年代 | 2022 |
| 生産地 | ブルゴーニュ |
| 生産者 | ドメーヌ・メオ・カミュゼ |
| 輸入元 | 株式会社フィネス |
| 飲み頃 | 長期期熟成タイプ(8年後~飲み頃) |
| 容量 | 750ml |
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メオ・カミュゼの歴史は、栽培農家であると同時に、コート・ドール県選出の代議士であったエティエンヌ・カミュゼに始まる。因みにクロ・ド・ヴージョ城はコンフレリー・デ・シュヴァリエ・デュ・タスヴァンに譲られるまで、カミュゼ家の所有であった。メオ・カミュゼのクロ・ド・ヴージョの畑が、城の周囲と真下という、もっとも素晴らしい位置を占めているのはそうした理由からだ。エティエンヌ・カミュゼの娘、マリア・ノワロには跡継ぎがなく、1959年、近親のジャン・メオにドメーヌを託して亡くなった。ジャン・メオは当時、ド・ゴール政権の閣僚という要職にあり、直接、ドメーヌの管理をするわけにはいかない。畑は折半耕作の形で小作人に任せ、出来上がったワインは樽のままネゴシアンに売られていた。この時の小作人でドメーヌのワインを手がけていたのが、2006年に没したブルゴーニュの神様、アンリ・ジャイエだ。
1980年代半ば、折半耕作の契約が切れると同時に、小作人たちも引退の時を迎えてメオ家の元にブドウ畑を返還。1985年から本格的にドメーヌ元詰めが始まった。やがてパリにいたままでのドメーヌ経営が難しくなり、ブルゴーニュに赴くことになったのがジャンの息子、ジャン・ニコラ・メオである。1964年生まれ。商業学校でマーケティングを学び、銀行で研修を受けた、生粋のパリジャン。1989年、24歳にしてドメーヌを託された。表向き引退を宣言したアンリ・ジャイエも、ドメーヌのコンサルタントとして若きジャン・ニコラの指導にあたったという。
リシュブール、クロ・ド・ヴージョ、エシェゾー、3つのコルトン(従来からあるクロ・ロニェに、2010年ヴィンテージからペリエールとヴィーニュ・オー・サンが加わった)といった特級畑。戦争直後にアンリ・ジャイエが開墾したヴォーヌ・ロマネ1級クロ・パラントゥー。宝石のようなクリマの数々を、このドメーヌは有している。
ブドウ畑は大部分がビオロジック農法により栽培。醸造法はジャイエ譲りで、完全除梗のうえ15度の低温マセレーション。樽熟成における新樽率は、村名で50%、1級畑が60〜65%、特級が100%である。
一級畑クロ・パラントゥはブルゴーニュの神様、故アンリ・ジャイエ氏とメタヤージュ(分益耕作)の契約を結んでいた畑。ブドウは1950年代に植樹されたもので、大きな果実をゆっくりと成熟させている伝説の珠玉の畑。特級畑リシュブールの西側、斜面上方に位置しています。現在、こちら畑のワインを造るのはジャイエ氏の甥であるエマニュエル・ルジェとメオ・カミュゼのみ。総面積僅か1.1haであるため年間生産量が少なく、高い希少価値を持つワインとなります。
メオ・カミュゼが所有するのは総面積の約4分の1にあたる、0.3haほどの区画。東向きの斜面で優れた日照量を確保しつつ、風が通り抜けるため冷涼な環境が保たれます。ブドウは1950年代に植えられた樹のものを使用。とても大きな実を宿すため、時間をかけて成熟させています。収穫は手摘みで行い、除梗の割合はヴィンテージによって変更。マセラシオン(醸し)は15℃の低温で行い、過度な抽出はしないようにルモンタージュとピジャージュを実施します。次に30~32℃を超えないように発酵。木樽を用いて平均で17カ月間熟成させ、清澄と濾過せずに瓶詰めします。生み出されるワインは、ワインはエレガントで肉付きが良く、しっかりとしたストラクチャーを持つスタイル。壮麗な酸を伴った仕上がりのため、熟成ポテンシャルが非常に高く、一級畑でありながら特級畑を凌駕する出来栄えの逸品です。